紺屋のおろく
にくいあん畜生は紺屋 (かうや) のおろく、
猫を擁 (かか) えて夕日の濱を
知らぬ顏して、しやなしやなと。
にくいあん畜生は筑前しぼり、
華奢 (きやしや) な指さき濃靑 (こあを) に染 (そ) めて、
金 (きん) の指輪もちらちらと。
にくいあん畜生が薄情 (はくじやう) な眼つき、
黒の前掛 (まえかけ)、毛繻子か、セルか、
博多帶しめ、からころと。
にくいあん畜生と、擁 (かか) えた猫と、
赤い入日にふとつまされて
瀉 (がた) に陷 (はま) って死ねばよい。ホンニ、ホンニ、…………
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“おろく”という名の紺屋 (染物屋) の娘、
15 歳前の白秋にとっては成熟された魅惑的な存在。
性の誘惑にかられながらも、わけもない憎しみ、
“あん畜生” と言ってしまう倒錯する少年の心理。
白秋にとってどうすることもできぬ “おろく” は猫をかかえ、
筑前しぼりの着物を着てしゃなしゃな歩く。
染めの仕事で染まったのであろうか、濃青 (こあお) の指さきも妙になまめかしい。
その “おろく” が猫を抱いている、何ということだ。
嫉妬と憎悪に陥った白秋は “猫とあん畜生” が
真っ赤に染まった有明の夕日の美しさに、
ふと心が動かされて潟に陥って死んでしまえばよい…ホンニと呟いてしまう。
サディスティックな少年期の心の内面をうかがわせる。
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