0012: 関節話法

[ 0012: 関節話法 ]


[ 0012: 関節話法 ]

千手春弥さんの解説。

関節話法による会話の基本は、体の各部の関節を正確に鳴らすことである。 正確な音が出せないと誤解が生じたりして話が混乱する。

感嘆文やら強調部分は大きく鳴らす。ただし、関節がはずれる危険に注意しなければならない。 細かいニュアンスは、コロコロポキコみたいな感じで、力を抜きビブラートも必要に応じて入れる工夫をする。

胸襟を開いて歓談するときは、アバラ骨を活用する。

阪神タイガース関係者やファンとの懇親会では、 半身だけを使う。 ホームかアウェーかに応じて 右阪神左阪神 を使い分ける。

頭蓋骨には関節がない。したがって、あまり頭を使おうとすると困難に陥る。 せいぜい首の骨を鳴らす程度にして、知的会話を楽しむ。


鬼才:筒井康隆の小説「関節話法」の設定ですが:

マザング星という惑星では「関節話法」 つまり全身の関節を鳴らすことによって会話が行われています。

マザング星は地球とよく似た惑星で、古くは地球人と同様に口からの発声で会話をしていましたが、 いつの頃からか「声を出して喋るのがたいへん下品な習慣である」とされ、 関節で会話をするようになったということです。

手の指、足の指、首、足首といった関節を鳴らし、 それを組み合わせることで単語や文を伝えるのです。

たとえば、「右手親指の第一関節をポキリといわせてから足首をゴキと鳴らし、 左手中指の第二関節をコキリとやる」と これは「思いやりのある人」とか「話のわかる人」という意味になります。

ところが、関節話法の難しいところは、 もし「途中で足首が鳴らなかったとする」と「馬鹿」という意味になってしまう、 つまり関節が一箇所でも鳴らなければ まったく別の意味や反対のことを示すことにもなってしまう点です。

そんなマザング星と地球との間に通商 (物資の貿易) が開かれることになりました。 主人公「おれ」は、職場でいつも関節を鳴らしているのに目をつけられたあげく、 「星務省」から初代大使に命じられ、 不本意ながらマザング星に赴任することになります。

マザング星で「おれ」は意外なことに気づきます。そもそも「口に出す言葉」が存在しないため、 街全体が静かであるのは当然としても、たとえば二人で会話している時に関節話法だと 「話に割り込む」ことが基本的にできず、 極めて礼儀正しく洗練されたコミュニケーションの形態が見られるということです。

赴任前にはマザング人の教師からみっちりと関節話法の訓練を受けてきたとはいうものの、 そもそも関節だけが非常に発達しているマザング人とは体の構造からして違いますので、 マザング語の関節話法は非常に難しいものでした。

歓迎会でのスピーチなどは、こんな感じに聞こえたようです。

「そのひとつの大臣が、ただいまご紹介にあずけたそれはこれの私、地球人大使です。 私は喜ぶこの星来たことにあります。これは関係する地球マザングのひとつの貿易は、 それにおける大変始まったことである。だから私は来たらよかったのです。 しかしながらすぐにその一匹の大使は死なない。

…そこでこれのひとつのお願いは、なるべく早くこのひとつのマザングの死ぬようになりたいのは、 そのひとつの皆さまが乞います。ご協力です。… もしおかしな死にかた、どうぞ私に注意したらできてください。」

「喋る」がすべて「死ぬ」になっています。これは右手小指の第二関節が鳴らなかったせいです。 それでも、聞く側があたたかく受け入れる心を持っていれば、なんとなく意味が通じるようです。


さて、ある時マザング星からの貿易船が 地球の反連合政府軍によって拿捕されるという大事件が起こります。 マザング星人は「乗組員の安全さえ保障できないような星」とは交易できないと怒り心頭。

マザング星からのウラニウム輸入を続けたい連合政府は 「おれ」になんとか政府閣僚を説得するように命令します。 さもなければ一生地球に帰ってこられないという脅し付きで。

「おれ」はあわてて閣僚会議に乗り込み、説得を試みます。 焦っているので、うまく関節が鳴らない。 「星務省」を「洗面所」と間違え、「船」という単語が出せなくなり、 だんだん支離滅裂をきわめた演説になっていきます。

おまけに、

「地球でもそうだが、罵りやすい無礼なことばというものには短いことばが多く、 鳴らすべき関節音が鳴らないとそのことばは当然短くなり、 敬語やていねい語が一転して罵言に変化してしてしまう」ため、 しだいに無礼な言葉、卑猥な言葉のオンパレードになっていきます。

「その誠意、血を出す。地球政府も鬼ばかりで、温かいですか。あるある。ないのはそれです。 あたり前の裸です。それはひとつの何もないか。あるある。みんな涙をちびるからそれぐらいです。 持っていますので心配はなく、お前らみんな馬鹿。

われわれの見ていないのだからひとつの言い方は先に決めたらいけない。 こら。これはこんにちはです。失礼が、今は喋ると馬鹿に近い」

説得どころか、これじゃあめちゃくちゃです。さすがに総理大臣の顔色も変わってきました。 関節を酷使しすぎた「おれ」は左肩を脱臼し、右手首の関節がはずれ、 股関節もはずし、倒れてしまいます…。

オチは書かないでおきますが、入院した「おれ」の病名は「言語障害」だったということです。

あはははは。関節ではなく、腹筋が痛い。


[ 浅見多絵さんのコメント ]

いつも冷静沈着な人がよくもまあこんなフザケた小説の解説をしましたね。

関節話法でコメントを書こうと思いましたが、頚椎ヘルニアになりそうでした。

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